コペルニクス 的 転回。 コペルニクス的転回にみるイマヌエル・カントのすごさ|たかはしさとし|note

⚓ 13 Frankl 2005 , p. 少し難しいですが「認識が対象に依存する」というのが「天動説」で 「対象が認識に依存する」というのが「地動説」と同じ役割です。 拙稿ではこれ以上論じないが、しかしこの記述は批判されてしかるべきであろう。

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⚔ カリキュラム・マネジメントと学校経営 以上の「社会に開かれた教育課程」および「主体的・対話的で深い学び」を踏まえた上で、デューイは第三章「教育における浪費」の中で、学校制度改革とカリキュラム構成について言及する。 われわれが、世界体験の本質的構造に立ちもどり、それを深く熟考しようとするならば、人生の意味への問いにある種のコペルニクス的転回を与えなければならない。

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👀 当時の常識にも縛られていて、私たちが考えているような宇宙とは全く違うものです。 「自己中心的な観点」によれば、自分の人生は自分のものなのだが、より視野を広げて考えると、その考え方は間違っていることが分かる。 これは一見理解しがたい考え方である。

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📱 認識能力の範囲の中で認識できる 「赤くて丸くて、シャキシャキした甘い味のする物体」 を私たちは対象として捉えているのです。

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👀 7 December 2016 :1-19 フランクル『夜と霧』における人生の意味のコペルニクス的転回について 森岡正博 *印刷バージョンと同一のものをPDFでダウンロードできます。 同書において諸富は、当該の箇所でフランクルが言おうとしているのは次のようなこと、すなわち、「私たち人間がなすべきことは、生きる意味はあるのかと「人生を問う」ことではなくて、人生のさまざまな状況に直面しながら、その都度、「人生から問われていること」に全力で応えていくこと」であると指摘する 3。

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💖 このカントなりの「認識論」というのが、 かなり評価が高いんですね。 でも、よく考えてみてください。 地球を中心と考えるより、太陽を中心に考えたほうが計算結果に誤差がほとんどでないことに気づいたのですね。

🐲 地動説では、ここまで正確に惑星の運行を説明することはできませんでした。 すなわち、我々は、どこかに「人生の意味」というようなものが実体として存在しているかのように思い、それに向かって「人生の意味とは何だろうか?」と問うようなことをやっているが、それはダメだとフランクルは言うのである。

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♨ また「Wende」は初版では「Wendung」に、「beantworten」は初版では隔字体になっている(Frankl 1946a , p. リンゴが赤いから、赤く見えるという考え方ですね。 そして、コペルニクスによって、世の中の見方が大きく変わるという影響もありませんでした。 しかしながら、この気づきこそが「コペルニクス的転回」の中心的な内容であると考えるのは的を外しているように私には思える。

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